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お婆ちゃんは黄泉の国へ旅立ちました

平成19年 12月25日 午後10時20分 
母は眠るように息をひきとりました
享年85歳
26日通夜 27日告別式もとどこおりなく終わりました

長らく 励ましていただいた皆様には 本当に感謝いたします
ありがとうございました

私と暮らした年月は50年にもおよぶ長いものでした
あまり幸せな人生であったとは思えませんが・・・
学歴があるわけでもなく 偉ぶらず 愚痴もこぼさず 
真面目に 質素に 働き者の母でした
私の子供達の世話も それは それは 一生懸命してくれました

涙がとまらない私に
お寺の住職様が こんなことを話して下さいました
『命日は 悲しい日ではないのですよ 仏様に生まれ変わった日なのですから』と
そして (千の風)の歌のようなお話もされました
『お墓には お婆ちゃんはいません 心で呼んでください 
必ず貴方のそばにきて 力になってくれますよ』と

もう泣かないようにします!
『お婆ちゃん ありがとうね!天国へ行っても 私達を見守ってくださいね』

平成19年12月27日 今日でこのブログを終わりにしたいとおもいます
応援してくださっていたみなさん ほんとうに ありがとうございました
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by keikonokaigo | 2007-12-27 23:46  

急変しました!

昨夜エスペランスの看護婦さんから電話が入りました
『今日の朝は普通に食事しましたが お昼の食事をゴエンしたみたいで・・・』
様態が悪いとのこと

飛んでいきました!

お部屋では看護婦さん二人がお婆ちゃんの腕を持って、点滴が抜けないように
じっと見守ってくれている所でした
お婆ちゃんは喘息の発作のような息遣いで ハァーハァーと唸っている感じです
肺にタンが詰まってきているのでしょう ゼロゼロがひどくなっています
『お婆ちゃん!』
と呼びかけても 目を少しこちらに向ける程度で 時間がたってくると 
うっすらと開けたり閉じたりで意識もうろう状態です
点滴がやっと終わり 身体を自由にしてあげると 布団を足で蹴る力がまだあるようです

若いときから一生懸命働いて 働いて 晩年は 私の子供の世話をしてくれて
洗濯や庭掃除は お婆ちゃんまかせで お散歩は万歩計を腰につけて毎日2万歩! 
毎晩 晩酌には小さなビール1缶を嬉しそうに飲むのが 楽しみでした
『お婆ちゃんは 死ぬまで元気やね!』とみんなで言ってましたが・・・

こんなにまで痩せてしまって まだ苦しむ姿を見ていると
『はやく楽にしてあげてください』と神様や仏様に手を合わせてしまいました

もう『頑張れ』は言えません。。。
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by keikonokaigo | 2007-12-23 08:27  

緊急事態発生!でしたが・・・♪

12月に入り 今年最後の色々な準備にかかろうとしていた矢先!

5日の夕方 エスペランサーの看護師さんから電話が入りました
『様子がおかしいので 救急車で日赤へ連れて行きます!』
えっっっっ!ずいぶん急な変化に驚きながら 慌てて日赤に行くと
救急外来のドクターが 少々怒ってます・・・!・・・なんでかな?

付き添ってくれているエスペランサーの看護師さんの説明は こうです

『85歳の高齢で施設入居者の患者を 様子がおかしいからと言って わざわざ日赤へ
救急車で来るとはなにごとか!』
早く言うと そういうことらしいのです
要するに 日赤病院の救急外来は 緊急を要して いま治療をして元気になって
社会復帰が可能な人の治療をするところだから 
お婆ちゃんのうように 高齢で しかも半身麻痺や血小板が低レベルですでに老衰の粋に
達して施設に入居しているような人は 他の病院へ行くのが常識的だと怒っているらしいです

もう一つ問題が発生していました
7月末頃から 施設の認知症病棟のみが 疥癬の為に面会謝絶が続いていましたが
やっと11月に入り 下火となり 面会が許されたばかりでした 
ただ お婆ちゃんだけが 免疫が低下していることもあり 疥癬の疑いがまだあるとの事で
一人部屋に隔離されていたのです

もし このまま 無理に日赤病院に入院させてもらって 疥癬の患者さんが出ようものなら
大変な迷惑をかけることになるので 日赤のドクターが 治療を躊躇される気持ちは
じゅうぶん理解できるのと 若い方達が交通事故や もっと大変な病気で入院してくるのに
お婆ちゃんの為にお部屋を汚したり ドクターの手を止めたりすることは
私としても とても心苦しいと思いました

日赤のドクターには
『どれほどの治療をしても 今夜から2~3日が山です!』
と言われました
それならば 無理に日赤で色々な機械で手足を縛り付けて治療を受けるより 
出来るだけ自然な姿で逝かせてあげたいと思い 
その日のうちに エスペランサーに戻してもらうことにしました

さて いよいよお婆ちゃんと 永遠のお別れかもしれないと心の準備をしながら
息子と話し合って ここまできたら 慌てないように 葬祭場を決めておこう!
ということで あちらこちらに相談をして 大体の段取りを決めました

私が 最近において お婆ちゃんの写真で一番好きな写真がありました
ディーサービスで昨年の7月に お誕生日会で写してもらった笑顔のお婆ちゃんです
スナップ写真なので 頭の部分が少し切れていましたので
いつもの写真屋さんで 修正をしてもらって 遺影用に大きく引き伸ばしてもらいました

年賀状も もしかして出せないかも知れないので 郵便局へ行き
喪中葉書に交換できるようにお願いをして・・・心の中で泣きながらここまで準備をして
さて
昨日は 私の代わりにお嫁ちゃんが面会に行ってくれました
帰ってきたお嫁ちゃん ビックリしながら
『お母さん!お婆ちゃん メッチャ元気になって ご飯もペロリ食べたって!
職員さんが言ってましたよぉ!』
えっっっーーー!!!
信じられませ~ん

今日 お昼から面会に行くと 職員さんがプリンを食べさせてくれていました
大きな口を開けて ペロリとたいらげて まだッ!
『お腹すいてるわぁ~ お昼食べてないもんねぇ~ お茶ちょうだい!』
って言ってるんです!!!!

日赤に行った夜は 血圧も下がり 体温も低体温になり 瞳孔の反応も鈍くなり・・・
あれはいったい何☆-ヽ(*´∀`)八(´∀`*)ノイエーイ ♪♪♪

とりあえず 
『準備をすれば 元気になる!』という噂は 本当でしたぁぁぁ♪♪♪
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by keikonokaigo | 2007-12-07 22:08